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東京高等裁判所 昭和49年(う)2802号 判決

控訴人 検察官

被告人 相良昌義 外一名

弁護人 中村弘

検察官 吉田賢治

主文

1原判決を破棄する。

2被告人相良を罰金五万円に、同川田を罰金三万円に処する。

3被告人らが右の各罰金を完納することができないときは、金二、五〇〇円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

4押収してある別紙一覧表記載の物件(当庁昭和四九年押第七九四号符号一ないし二八および三〇)を被告人相良から没収する。

5原審および当審における訴訟費用は、全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官の差し出した控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

薬事法は、その六四条、五五条によつて、医療用具の製造業の許可を受けていない者が業として製造した医療用具につき、これを販売の目的で陳列することを禁止している。そして同法二条四項は、医療用具とは、「人若しくは動物の疾病の診断、治療若しくは予防に使用されること又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている器具器械であつて、政令で定めるものをいう」とし、これを受けて同法施行令一条は、医療用具を同令別表第一のとおりとすると定め、その別表第一は、衛生用品の項目の中に「性具」を掲げているのである。

被告人両名は、共謀のうえ医療用具製造業の許可を受けていない者の製造した性具を販売目的で陳列したものであるとして起訴されたのであるが、原判決は、薬事法施行令別表第一にいう「性具」を「通常人が性交若しくは性交類以行為をなすに際し、性感を昂進させる目的で性器に付着し或いは性器に接触させて使用する器具」と定義すべきであるとし、一般性がないもの、すなわち通常人が性的行為に使用するものとはいえないものは性具に当たらないとの解釈のもとに、本件起訴にかかる陳列品は性具とは認められないとして、被告人らに対し無罪の言渡をしたのである。

しかしながら、右別表第一において医療用具の一項目として定められている衛生用品のうち、(一)月経処理用タンポン、(二)コンドーム、(三)避妊用具の各器具がいずれも通常の生理的現象に対応するものであるからといつて、次の(四)の性具もまた通常の生理的現象たる通常人の性的行為に関するものに限られると解すべき必然性はないし、当該器具が一般的、日常的に使用されるものでなくとも、社会を構成する人々の多種多様な生活の中で、ある一部の範囲において使用されることが予想され、かつそれを使用する人の身体等に障害を及ぼすおそれがあるとすれば、保健衛生上好ましくないのであるから、薬事法はその立法趣旨に鑑みても、当然そのような器具の製造や販売についてこれを規制の対象に含めているものと解さざるを得ない。

そして、性具という字句の意義や、前記薬事法二条四項の規定の趣旨に徴すれば、薬事法施行令別表第一に掲げる「性具」とは、人が性交若しくは性交類似行為(自慰を含む)に際し性感の刺激、増進ないし満足のために性器に付着あるいは接触させて使用することを目的とする器具をいうものと解するのが相当と思われる。なお、この点に関する厚生省の従前からの行政解釈は、性具とは、主として性欲若しくは性的快楽の刺激、増進若しくは満足または自涜に用いることが目的とされている器具類をいうものとしているが、右は、性器に対する付着、接触を要件として明確にしていない点で、十分なものとはいえない。

ところで、本件押収にかかる各証拠物中別紙一覧表記載の各物件は、その外観を見れば、それぞれ巧みに粉飾されていていかにも玩具的であるし、一般人に直ちに使用意欲を起こさせるというものではなく、中にはそのままの形で使うとすれば危険感すら覚えさせるものもあつて、一般的な実用性に富むものと見がたいことは原判決の指摘するとおりであるが、厚生省薬務局薬事課課長補佐であつた吉田勇が原審証人として、また被告人川田が司法警察員に対する供述調書(一九八丁以下の分)の中で、それらの使用方法について説明するところに徴して、右の各証拠物をさらに仔細に検討し、かつ原審で取り調べたその他の関係各証拠および当審における事実取調の結果をも総合して考察すると、右の各証拠物は、そのままの状態で使えるものはもちろん、そうでないものでも、粉飾部分を取り外すとか、コンドームをかぶせるなど簡単な方法をとれば、性交若しくは性交類似行為(自慰を含む)に際し性器に付着あるいは接触させて使用することが十分に可能であり、かつ、このようなものを用いることが清純、素朴、正常な愛情的雰囲気と相容れず、その使用効果も自然的でないとしても、人々の多様を極める生活の中で、もとより一般的、日常的ではないがある一部の範囲の性行動において、一時的にあるいは場合によつては継続的にさえ、性感の刺激、増進ないし満足のためこれらの器具を性器に付着あるいは接触させて用いることは、十分あり得るものと考えられるし、またこれらの物は、右のようにして使用されることを想定し目的としたうえで、なんぴとかによつて業として製造されたものであることも、これを認めざるを得ないのである。

従つて、本件起訴にかかる別紙一覧表記載の各物件は、いずれも薬事法施行令別表第一に掲げる「性具」に該当するものと認められる。そして、被告人らがこれらの品物を前記のような実質をもつものとして販売目的で陳列したものであることもまた、関係各証拠を総合してこれを認めることができるのである。(起訴にかかる物件中、押収物符号二九の「金のすず」は、その本来の用法はともあれ、被告人らはこれを女性の性感を高めるため性交に際し女性の耳にはさんで使用するものとして取り扱つていたことがうかがえるので、本件の対象物から除外しなければならない。)

なお、弁護人は、性具に関しては、関係法令中にその定義規定もなければ、いまだ一般に確立された定義もなく、その意味内容が極めて不明確であるから、このような概念を処罰の根拠とすることは罪刑法定主義を保障した憲法三一条に違反すると主張するが、性具について、同じく衛生用品として同列に規定されているコンドームその他の器具と対比しながら、その意味内容を社会通念に照らして合理的に解釈すれば、性具を先に述べたように定義することができ、かつ具体的には、性具に当たるものとして別紙一覧表記載のような品物を予想することが必ずしも困難とは思われないから、性具に関する規定が、刑罰法規としてその構成要件の定め方が特に不明確に過ぎるとはいえず、弁護人の右主張は採用できない。

以上の次第であるから、原判決は性具に関する法令の解釈・適用を誤つたものといわなければならず、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、当裁判所においてさらに判決する。

(罪となるべき事実)

被告人両名は、共謀のうえ、昭和四五年一二月四日岩手県釜石市大町二丁目四番六号所在の「大人のオモチヤ釜石ギフト」店舗において、医療用具の製造業の許可を受けていない者が業として製造した医療用具である別紙一覧表記載の性具合計一三一点を販売の目的で陳列したものである。

(証拠)〈省略〉

(法令の適用)

被告人両名の判示所為は、刑法六〇条、薬事法八四条一二号、六四条、五五条二項一項、一二条一項に該当するので、いずれも罰金刑を選択のうえ、その所定金額の範囲内で、被告人両名につきそれぞれ主文2の刑を量定し、主文3につき刑法一八条、主文4につき同法一九条一項一号二項、主文5につき刑訴法一八一条一項本文、一八二条を適用する。

(裁判長裁判官 戸田弘 裁判官 大澤博 裁判官 本郷元)

別紙 一覧表〈省略〉

検察官伊東幸人の控訴趣意

原判決には、法令の解釈及び適用に誤りがあり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

すなわち、原判決は、

被告人らは共謀のうえ、昭和四五年一二月四日、岩手県釜石市大町二丁目四番六号所在大人のオモチヤ店釜石ギフト店舗において、厚生大臣の医療用具製造業の許可を受けていない者の製造した医療用具であるゴム製天狗の面、まつたけ及びずいき特別セツトなどの性具合計二六種一三二点(昭和四八年七月一三日第六回公判廷で訂正、判決文の一三三点は誤記と思われる)を販売目的で陳列したものである。

との公訴事実に対し、「本件証拠物は薬事法所定の性具とは認められず、一般人の保健衛生上からの取締の埓外にあるもの」であるから、結局本件は犯罪の証明がないことになるものとして無罪を言い渡した。

しかしながら、右判決は、以下に述べる理由により、薬事法の解釈及び適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、到底破棄を免れないものである。

一 原判決は、薬事法(第二条第四項、同法施行令別表第一の衛生用品の項四)に定める性具の意義について、「性具とは、通常人が性交若しくは性交類似行為をなすに際し、性感を昂進させる目的で性器に付着し或いは性器に接触させて使用する器具をいい、一般性のないものは、好ましからざる器具であつても、性具には含まれないと解すべきである」と定義したうえ、本件起訴にかかる各器具のうち「ずいき」(証11・15・30)については、粋人の淫具であり、通常の性行為ではあき足らぬという性行為玩弄者が、時にもて遊ぶに過ぎず、通常人が、一般的に使用するものとは認められない。また、その他の器具については、その醜悪かつ漫画的形状、粗雑な材質、毒々しい色彩等にかんがみれば、これらのものを買つた者の内に、興味的に性行為に試用し、或いは使用する者があつたとしても、これにより一般性を取得するとは認められないので、これを法のいう性具となすことは出来ないと判示しているのであるが、性具に関する原判決の右解釈は、薬事法の性具について「通常人が一般的に使用しなければならない」という誤つた前提のもとに、性具の範囲を不当に狭く解釈するものである。

二 原判決が右のように薬事法にいう性具に当たるための要件として、通常性、一般性が必要であるとした根拠について考察するに、同法施行令別表第一の衛生用品の項に、「性具」とともに列記されている「一 月経処理用タンポン、二 コンドーム、三 避妊用具」が、通常の生理的現象に対応するものであるから、性具も通常の生理的現象たる性的行為に関するものでなければならないと解したこと、また、同法第一二条が衛生用品たる性具を業として製造することを許可にかからしめた趣旨を、一般的にこれらが使用されることにより、人体に障害を及ぼすようなことが広汎に生ずることを防止するという保健衛生上の必要があると解したことにあるもののようである(記録四四二丁表四四三丁)。

しかしながら、原判決のこのような解釈は、原裁判所の独自の見解に基づく誤つた解釈というべきである。

そもそも、薬事法は、人が病気その他異常な状態に陥つた場合等に施用し又は施用されることが予想される「医薬品」「医療用具」等について、これを施用し又は施用される者の保健衛生を確保するための法令と解され、同法自体が、一般的、通常的状態にある人が用いるものを対象としておらず、むしろ、特殊、異常な状態にある者が施用し、又は施用されることが予想されるものを対象としているということができる。

そこで、このような薬事法が規制対象としている「衛生用品」について考察してみるに、「月経処理用タンポン」は、成年の女性が、いわゆる生理上の理由により、平常の日常生活に支障をきたすおそれのある場合に対処するために考案された衛生用具であるが、月経時にある通常の成年女性のすべてがこれを用いるとは限らず、月経時においても、なお、平常時と同様の日常生活を営み、或いは運動その他の肉体的活動を行うことを望む者が用いるものであり、「コンドーム」及び「避妊用具」についても性行為に伴う妊娠又は性病のり患の予防を望む限られた者が、その目的のために用いるものであり、いずれもその施用が、施用者の健康に影響を及ぼすおそれがあるところから、その製造を許可にかからしめたものと解される。すなわち、月経や性行為そのものは、原判決のいうように通常の生理現象であつても、「月経処理用タンポン」、「コンドーム」及び「避妊用具」は、これらの生理現象に際し、特別な目的を有する者のみが、その目的を達するために、それぞれの目的に応じてこれらの用具を用いるのであつて、一般、通常的な生理現象のうちで限られた特殊な場合にのみ用いられるにすぎないのである。このことは、「性具」において、より明白である。

すなわち、本来、性欲若しくは性的快楽の刺激、増進若しくは満足は、男女両性が、性器を結合することによつて満たされるのが通常かつ一般的であるのにかかわらず、それではあき足りない限られた特殊の者が現存し、ここにより強い性的快楽の機能をもつ器具=性具が製造される必要性があり、薬事法においてこれを規制の対象としている理由も、かかる特定の者が、かかる器具=性具を用いることが予想され、かつ、その使用を放置したのでは、事柄の性質上、国民の保健衛生上に幾多の支障をきたすおそれがあるからにほかならないものと思料される(原判決は、性具使用が国民の保健衛生に及ぼす悪影響の「広汎」性を必要とするかのような判示をしているが、その必要のないことは、前記「月経処理用タンポン」等の例に照らし明らかである)。このように、原判決が予定するような通常の生理現象たる性的行為を、一般通常的なものとするならば、性具は元来特殊、例外的な場合若しくは、性意識、性行動の異常な者等によつて用いられることをその本質とするものといわなければならないのである。

従つて原判決が、このような性具の特殊性に着目しないで、「通常の生理現象たる性的行為」に際し、「一般的にこれらが使用される」ことを必要とするという誤つた前提のもとに、「通常性、一般性」を「性具」の要件としたことは、明らかに法令の解釈を誤つたものといわざるを得ない。

三 ところで、原判決は、本件起訴にかかる各証拠物が性具に当たらない理由を述べるに先だち、人の性行為について、「そもそも、人の性的な交りは、愛情の発露による閉された行為で、他物の介入を拒むものであるから、不純な性行為においても、通常は、双方又は一方については愛情に似た情緒的雰囲気をかもして行われるものと思われる。而して、これに使用する性具は、異物性を表出しないよう配慮され、愛情的心情の形成(ムードづくり)に役立つか、少くとも、これを損わないような形状のものであることを要する」(記録四四四丁裏)と判示したうえ、証11・15及び30の「ずいき」を除く本件各証拠物が性具に当たらないことを判示した理由中において、本件「各証拠物を性具とすれば、『強い刺激即性感の異常な昂進』という仮説の下に作られたとしなければならないが、痒い外皮を掻いて不快感を除去するのとは異なり、性器は弱い組織で損傷し易く、微妙な性感帯であつて、性感は愛情と共に昂まり且つ深まるものであることに思いをいたせば、かかる仮説は容認出来ないところである。又こうした発想は、人特に女性を性感のみを求める動物的存在に見立てて、愛情の面を没却しているのである」(記録四四七丁表及び裏)と判示している。

右判示及びその行間から窺いうるところの、原判決が画く通常人の一般的な性行為像なるものは、健全な肉体と性意識と性感覚をもつた男女両性が、愛情的雰囲気の下にのみ、行うものときめつけているように思われる。ところで原判決の性行為に関するこのような純情的認識ないしは定義付けは、余りに単純で現代社会の性生活の実情に合わない、いささか狭視的見解に過ぎるものと考えるのであるが、それはさて措くとしても、原判決がいうように「他物の介入を拒むものである」とするなら、本来性具の介入する余地はないこととなり、性具の存在そのものがすべて否定されなければならないこととなる。一体原判決が予定する健全な通常人による一般的性行為において、一般的に用いられる性具として、果たしてどのような器具が存在するのであろうか、甚だ理解に苦しむところである。恐らく前記判文から推察される性具とは、形状・色彩等が男性器に酷似した器具(例えば、いわゆる張型)のようなものを指称するものと思われるが、このような器具は、性具であるかどうかを論ずる以前に、わいせつ物として取締りの対象とさるべきものであると考える。

それはともかく、健全な肉体と性意識をもつた通常の男女が性行為を行う際に、本来の男性器に代えて、原判決の予想する性具を用いることが一般的に行われているかどうか、甚だ疑問であつて、むしろ健全な男女による通常の性行為の場合には、男女本来の性器の結合によつて性感の昂進若しくは満足を得ているのが一般的と思われる。それにもかかわらず、このような器具を本来の男性器の代わりに用いることによつて、性欲が昂進するとすれば(女性が自ら行う自慰の場合は格別)そのこと自体が、異常であり、また、特殊な事例に属するものというべきであろう。

すなわち、原判決が想定する「性具」すら、これを通常人が一般的に用いるものとはいい難いのである。

四 以上述べたところから明らかなように、薬事法にいう「性具」とは、原判決が予定するような通常人が一般的に行う性行為若しくは性交類似行為の際に用いる器具ではなく、このような性行為若しくは性交類似行為によつて得られる性感の昂進若しくは満足以上の性欲若しくは性的快楽の刺激、増進若しくは満足を望む特殊な場合か、これを望む特定の人が、その目的を達するために用いる器具であつて、このような機能を果たすためのものとして製造された器具をいうものと解すべきである。原判決は、本件証拠物中、証12・13・14・17ないし28の各証拠物が「色彩を施し、その形状が奇で、中には醜ともいうべきものもあつて、故らその異常さを強調している」(記録四四四丁裏、四四五丁裏)こと、証1の証拠物が「その形状は特異で、その色彩の毒々しさからして見せ物的なもので」(記録四四五丁裏)あること、証2ないし10の証拠物の形状が「漫画的な着想によるものや醜悪なもので」(記録四四六丁裏)あること及び本件各証拠物が、全体的に「その形状や色彩は異常、奇抜で」(記録四四七丁裏)あること等を指摘して、これらの証拠物の「性具」性を否定する根拠としているが、性具が特殊な欲望を満たそうとする者によつて、かつ、特殊な雰囲気の下において用いられるものであるという性具本来の特殊性にかんがみれば、これらの形状・色彩は、「性具」性を減殺するものではなく、むしろ、性具の本来的な性質であるとさえいえるのである。また、原判決は、証12・13・14・17ないし28の証拠物を性具として用いられた場合における「女性の性感たるや、春画的状態を想定しているものの如くで」あつて、「マゾヒズム的女性ならいざ知らず、普通の女性であれば、男性がこれを使用することに危険感を抱き、それを拒むであろうと思われるものである。また、男性はこれを使用することによつて、自己の性感を昂進させるというものではなく、相手女性の春画的狂態的様相を見て、自己の悦楽に資せんとするものとされており、愛情的雰囲気とはほど遠いものであつて、男性のサデズム的欲望若しくはのぞき見的興味を、満足させる態のものというべきものである」(記録四四五丁表及び裏)と判示し、これを理由に、これらの証拠物の「性具」性を否定しているのであるが、性具が通常の性行為によつて得られる性的満足以上の性的快楽を満たすためのものであるという特殊性にかんがみれば、これらの性具を用いる男女の性格に、マゾヒズム的若しくはサデズム的要素が存在することは、むしろ、当然のこととさえいいうるのであつて、そのゆえにこそ、薬事法は、このような性格をもつた者が性具を用いて行う性行為若しくは性交類似行為が、その者の保健衛生に及ぼす悪影響を未然に防止するために、これら性具の製造を許可にかからしめているのである。また、本件証拠物の材質・製法が粗雑で「微妙な組織である性器に接触させるには危険感を覚える」(記録四四六丁表)ことや、「その材質・形状からして危険を覚えるもの」(記録四四六丁裏)であることを理由に性具性を否定する原判示についても、同様のことがいいうるのであつて、性具として使用しても危険性のない器具の製造のみを許可して、これを使用する者の保健衛生に支障のないことを期そうとするのが薬事法の法意と解され、無許可製造された本件各証拠物中に、保健衛生上疑問と思われるものの存在することは、むしろ当然というべく、これら証拠物の性具性を否定する根拠とはなり得ないものというべきである。

なお、原判決は、証11・15・30の「ずいき」について、これが、「古来より女性の性感昂進剤として一部のものに使用された」(記録四四八丁表)こと及び、これらのものが、「粋人の淫具とされており、通常の性行為ではあき足らぬという性行為玩弄者が時にもて遊ぶ」(同)ことを認めながら「ずいき」の使用方法が定かでないことや、「通常人の性行為に使用する性具とは認め難い」(同裏)ことを理由として性具性を否定するが、輪型の「ずいき」はこれを男性器にはめ、帯状のそれは、男性器に巻いて用いるものであることは、いまや隠れたる公知の事実といつても過言ではなく、またこれらの性具を使用する者が、限られた粋人であることが、性具性を否定する根拠となり得ないことは、これまでに述べたところから明らかであつて、原判決の右判断には承服し得ないものがある。

五 以上述べた性具に関する法令解釈に基づいて本件各証拠物を検討するに、証29の「金のすず」を除いたその余の証拠物は、いずれも性欲若しくは性的快楽の刺激・増進若しくは満足又は自涜に用いることを目的として製造された性具であることが、その形状等から客観的に認められるところであつて、証人吉田勇も前記「金のすず」を除くその余のものは、薬事法にいう性具である旨証言(記録三一四丁ないし三一九丁)しているほか、被告人相良昌義も昭和四六年八月二五日付検察官調書において「大人のオモチヤは四四年末頃から温泉地やデパートのギフトコーナーでも並べているところがあり、また、週刊紙や日刊スポーツ紙等でも大人のオモチヤの記事や広告がのせられていて、これらを性具としても使う物である事は一般に知れわたつていると思います。だから買いに来る客は、使用方法等を説明しなくとも十分判つて来るのだから説明しなくてもよいと思いそのように指導していたのです。」(記録二四七丁裏、二四八丁表)と供述し、更に「これらの大人のオモチヤ類は、私が東京の問屋から仕入れていたのですが、現在性具は製造が許可になつていないはずでありますから、勿論私の取り扱つた物も許可をうけて製造したものではないと思います」(記録二四八丁裏、二四九丁表)と供述し、被告人川田俊夫も、昭和四五年一二月四日付司法警察員調書において「これらの品物は、大体男と女が関係するときに用いるもので、男性のものに用いると女が刺激され興奮したりします」と供述したうえ、本件各証拠物件につき、具体的に使用方法を説明して男女性交の際に使用するものである旨供述し(記録二〇一丁ないし二一五丁)、また、昭和四六年八月二五日付検察官調書において「私は、このような商売が、決して良いものだとは思つていませんでした。言い方が悪いかも知れませんが、相良君にだまされたと思つています」(記録二二七丁裏)と供述しているところであつて、被告人らにおいて、前記各証拠物が、無許可製造にかかる「性具」であることを十分に認識し、これを販売目的で陳列していたことは、一件記録上明白に認めうるところである。

以上述べたように、本件証拠物(ただし証29の「金のすず」を除く)は薬事法にいう性具に該当することが明らかであるのに、該当しないと判断した原判決は法令の解釈及び適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明白であつて、到底破棄を免れないものであるから、原判決を破棄のうえ、更に適正な裁判を求めるため、本件控訴に及んだ次第である。

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